「スキャンダル」最終回を残して推理してみました

最終回一回を残して、「スキャンダル」は佳境に入ってきた。
 
しかし、それにも関わらず、いまだ全体像が見えてこない。
 
今回の最後の推理だが、我ながらかなり苦しいと思われるが、精一杯考えてみたので、宜しければ一読お願いします。

 
キャスト

高柳 貴子 – 鈴木京香
高柳 秀典 – 沢村一樹

河合 ひとみ – 長谷川京子
河合 雄一 – 光石研

鮫島 真由子 – 吹石一恵
鮫島 賢治 – 遠藤憲一

新藤 たまき – 桃井かおり
新藤 哲夫 – 石原良純

白石 理佐子 – 戸田菜穂
久木田 慶介 – 加藤虎ノ介

川島 礼二 – 植田浩望
水谷 隼人 – 細田よしひこ
勝沼 龍太郎 – 小日向文世
  ◆
まず、8年前のクラブでの久木田による金沢傷害事件の真相だ。
おそらく、この事件は、雄一の画策により、久木田が金沢に対して傷害事件を起こさせるように仕向けた事件だった。
まず、金沢と雄一が、クラブで、暴言を吐き、久木田を怒らせる。
その流れの中で、久木田が傷害事件を起す。
そして、示談交渉になる。
理佐子は、かつての上司・新藤たまきから、夫の弁護士・哲夫を紹介されるが、哲夫の能力がなかったため、示談金=1000万円を支払うことになる。

理佐子は、その後、秀典、賢治とのお付き合いを継続し、示談金の一部を彼らに借金する。
必死に返済する理佐子だが、金沢は、さらに金をゆすろうとする。さらに、理佐子の体を要求する金沢。
そして、さらに雄一は、金沢と理佐子の仲介役をさせられる。
しかし、その間、理佐子と雄一にも関係が出来る。
罪悪感はあれど、どうしようも出来なかった。これで、雄一は理佐子の言いなり状態となる。
  ◆
さて、結婚式間近になり、理佐子は金沢と手を切るための手切れ金として、秀典、賢治に借金を申し込むが二人に断られる。
おそらく、この時、「お互いの浮気関係を貴子と真由子にばらすぞ」などと、理佐子から逆に脅されていたのではないか。
その後、二人は理佐子の言いなりに近い状態に立たされる。

そして、結婚式当日。妻4人は結婚式に出席しているので夫の行動が確認できない状況で、理佐子の計画が実行に移された。

まず、雄一は、理佐子から金沢を六本木に呼び出すように指示される。
また、秀典と賢治は、殺人現場に近くに待機させられる。
理佐子に「金沢と手切れ交渉するが、もしも、自分が危なくなったら助けて欲しいので近くにいて欲しい」などといわれていた可能性がある。
さらに、理佐子は、哲夫に対しては、たまきを出迎えるために、六本木まで出て来させる。殺人直後のタイミングで、現場から理佐子をピックアップさせるようにしたのだ。

そして、理佐子は、金沢をラブホテルに連れ込み、そこで、金沢を殺害しようとする。
しかし、理佐子の殺害計画は失敗する。ナイフで金沢の足をさすが、致命傷には至らせることはできなかった。

そして、その状態で理佐子がその場から突然、失踪する。
  ◆
実は、理佐子は、久木田との結婚はあきらめていた可能性がある。
この殺人を犯す事によって、理佐子は、金沢との関係を清算する。
そして、それと同時に、理佐子は、過去に汚れた自分との縁も切ってもらい、久木田には国際ピアニストとして新たな人生を送ってほしいと願っているのではないだろうか。
  ◆
現場に残された雄一、秀典も呆然とするが、すぐにその場から逃げる。
そして、理佐子は哲夫に発見されて、新藤家へ。亡くなった駿介の部屋に入るのだ。

これはあくまでも、理佐子個人の計画だが、逮捕されたとしても、彼女の証言によっては、雄一、秀典、賢治、哲夫の4人は怪しい立場に立たされるのだ。
共犯ということにならなくても、少なくとも理佐子との関係がそれぞれの妻にばれてしまうのだ。

これで、4人の平和な結婚生活が壊れることになる。
これが、理佐子が初回の結婚式の時に、「私は勝ったわ」と言った理由ではないのか。

上記の計画が実行されれば、理佐子にとっては、自分は純愛を全うし、他の4人は偽りの結婚生活をしていたという事実をつきつけることが出来るからだ。
  ◆
次回の予告によると、理佐子は殺人計画の容疑で拘留。
そして、4人の妻は、理佐子逃亡の幇助の容疑で別に拘留となるようだ。
  ◆
しかし、すぐに4人は釈放されるだろう。そして、それぞれの結婚生活にどう、決着をつけるのだろうか。
4組とも、離婚、4人の妻は新たな生活に向かって、お互い励ましあいながら、前向きに生きようと決心する。という終わりがスッキリするように思えるが、果たしてどうなるであろうか。

まさむね

似すぎてないか「イノセント・ラヴ」と「ラスト・フレンズ」

「イノセント・ラヴ」の展開が、ますます「ラストフレンズ」に近づいてきているように思う。
勿論、両方とも、浅野妙子脚本、スタッフも同じというから、同じような色合いのドラマになるということは予想されていたことだが、登場人物達の苦悩の種類まで似ているのだ。

例えば、「ラストフレンズ」の瑠可(上野樹里)は、性同一障害を自分の中に抱え込み苦悩するが、「イノセント・ラヴ」の昴(成宮寛貴)は殉也への同性愛という感情を抱えている。
おそらく、次の展開としては、昴の、殉也(北川悠仁)への想いが、や殉也本人、あるいは聖花(内田有紀)にバレることによる新たな苦悩発生の可能性が高い。

また、「ラストフレンズ」のタケル(瑛太)は姉からの性的虐待を受け、そのトラウマにより、女性恐怖症に苦しむが、「イノセント・ラヴ」の佳音(堀北真希)も父親からの性的虐待を受けていた。
さらに、その虐待に対して、彼女はついにナイフを持ち出し、父親を刺殺するが、その現実を受け入れる事が出来ない彼女はその事実を無意識的に意識から排除、いわゆるPTSD状態なのである。
そして、彼女の兄・耀司(福士誠治)は、その事実を隠蔽するために自分が罪を背負い、家に火をつけるという過去を持ってる。しかも、耀司自身も妹の佳音に対して近親相姦的な恋愛感情を抱いているのである。

さらに「ラストフレンズ」の美知留(長澤まさみ)とその恋人の宗佑(錦戸亮)は、小さい頃からネグレクト状態で育てられるという生育環境のため、宗佑は美知留にたいしてDVを行ってしまう。
また、逆に美知留も宗佑からのDVに対して無意識的な依存関係に陥っている。

心の傷という意味では、本日の放映された「イノセント・ラヴ」の第8話でも、殉也が深い失恋状態から常軌を失う。
婚約者の聖花のために、献身的に尽くしてきた殉也だが、彼女の愛が殉也にはなかったという現実を思い知らされ、呆然としてしまうのだ。

ようするに2つのドラマとも、登場人物達は、それぞれの心と闘わなければならない状態なのだ。
それゆえに、彼ら、彼女らは、一様に暗い。
また、だからこそ、一様に優しく思いやりがある。
さらに、現実世界における、いわゆる欲望に関して希薄である。
それは勿論、性的関係においてもそうだ。「イノセント・ラヴ」では殉也は佳音との間にSEXを匂わすものは一切無いのだ。

浅野妙子ドラマが現代人に受けているとすれば、おそらく、内面的苦悩を抱えた若者、あるいはそれに共感出来る人々が確実に増えているという事ではないだろうか。
それは、同時に、心の闘いを乗り越えるために、他者からの絶対的承認、すなわち愛が必要なのだということを切実に感じている人々も増えているという事だと思われる。

日本の恋愛史について特に詳しいわけではないが、多くの日本人にとって、恋愛というものは長らく、結婚のための通過点であった。
というよりも、おそらく恋愛経験をする以前に、人々は結婚したし、あるいは、性的な対象として相手を希求し、そしてそれが実現するに及び、結婚に至るという流れだったと思う。

しかし、「イノセント・ラヴ」も「ラストフレンズ」も、登場人物達の関係の先に結婚という道筋が強く見えてこない。
それが、現代的といえば、確かにそうかもしれない。
ここ数年、いわゆる”出来ちゃった結婚”が増加しているという事実もそれを裏付けている。
結婚というものが恋愛の結果ではなく、妊娠の結果としてしかないという事を意味しているからだ。

おそらく、このような若者のメンタリティが続くとするならば、少子化はますます進むであろう。
託児所を沢山作るということは、それはそれで大事なことではあるが、少子化対策の本質とはずれているようにも思える。
元、TVの番組ADだった小渕優子大臣。
お分かりかとも思うが、予算を使うことばかり考えないで、根本に立ち返り、これらの最近のドラマをご覧になられたらいかがだろうか。(余計なお世話か?)

さて最後に全く関係ないが、神父役の内藤剛のクレジットに特別出演とあるが、ほぼ毎回出演しているし、失礼だが、それほどの大物だろうか?
ちょっとした疑問でした。

まさむね

女の友情篇「スキャンダル」第8話を読み解く

TBS日曜劇場「スキャンダル」の第8話。
残念ながら、いわゆる”謎”の解明に関してはほとんど進展はなかった。

ひとつ明確になったのは、新藤たまき(桃井かおり)の子供・駿介が実は既に死んでいたということだ。
前回のエントリー、『第7話 急展開の「スキャンダル」を読み解く』で、僕は駿介はたまきの前の夫と一緒に出て行ったのではないかとの推理をしたのであるが、それはなかった。

ただ、この駿介の部屋には、彼が亡くなった当時と全く同じ状態で残されていた。
たまきは、駿介の死以降、この部屋を開けたことが無かったという。開けることによって、そこに駿介がいないという現実に耐えられなかったのだ。
そして、何年かぶりにその部屋に入ったたまき。
貴子(鈴木京香)、ひとみ(長谷川京子)、真由子(吹石一恵)も一緒にその部屋で、たまきと号泣する。
サスペンス物として見ていた視聴者の涙をも誘う名場面になった。勿論、僕も泣いた。

泣きはらした後、それによって、さらに友情の絆を深めた4人。
そこに、たまきの夫・哲夫(石原良純)が帰って来て、理佐子(戸田菜穂)からの手紙を渡す。
番組HPによると、そこには、「真実を知りたければ、日曜日に結婚式を挙げた教会に来て」とあったという。
4人はそこでどんな”真実”を目にするのだろうか。

さて、ここで再度、現時点での”謎”を整理してみよう。

★何故、理佐子の携帯電話を久木田が持っていたのか。
これは、少なくとも結婚式の前の時点では理佐子と久木田はグルになっていたことをあらわしているのではないか。
ただ、その後、理佐子がなんらかの理由で久木田のもとから離れていったのではないだろうか。
おそらく、それには、その結婚式の夜のラブホで傷害事件が関係しているのに違いない。
おそらく、理佐子は、あの晩、久木田とグルになって金沢を脅そうとしたのではないか。
あるいは、全く逆に、金沢が理佐子を脅迫。逆上した理佐子がナイフを手にして...という可能性もある。
そして、そこには、久木田の他に、哲夫、雄一、秀典(沢村一樹)も絡んでいた..がこれはまだまだ謎だ。

★理佐子が結婚式の前に賢治(遠藤憲一)、秀典に借金を依頼していた。
これは、何のための借金だったのか。金沢への手切れ金だったのか?

★貴子が理佐子の携帯に電話したとき、一度、男が出ている。
今考えてみると、これは哲夫の声だったのではないか。哲夫が理佐子を駿介の部屋に匿っていたということを考えれば、これはほぼ間違いない。
ということは、この時点で、久木田、理佐子、哲夫は元々、グルだったということになるのだろうか。
しかし、何故、哲夫が電話に出たのか?これはまだ謎である。

★久木田が何故、貴子にモーションを掛けつづけるのか?
これは、純粋に久木田の貴子に対する愛情と理解していいものなのか。おそらくそれは無いであろう。
あるいは、最終的には久木田が貴子から、金を引き出そうとしているのか。それも現時点では不明。
久木田が貴子に対して、理佐子からの「別れ」のメールを見せたというのも、久木田が貴子の気を惹くための自作自演だったのではないだろうか。
また、今回の放送で久木田がわざわざ、貴子の家に行くシーンがあるが、これは2人の関係を夫の秀典に見せることによって、秀典を疑心暗鬼にさせ、貴子と秀典を別れさせようとしているとしか考えられない。

★久木田がアメリカに行った様子が無い。。
根本的な疑問として、久木田は、実は国際ピアニストではないのではないか。別人なのを偽っている可能性というのもまだあると思われる。

★何故、理佐子は久木田の前から逃げなければならないのか
理佐子は久木田に対して、まだ秘密があるようである。
次回の放送で、理佐子は哲夫のもとからも逃げるということであるが、金沢、久木田、哲夫と逃げ続ける理佐子、次に行くのは、どこか?真由子の夫、賢治のところか?

★結婚式の晩、金沢と一緒にラブホに入るときの理佐子が貴子を見る表情(敢えて、貴子にその姿を見せつけようとしているような表情にも見えなくはない)
貴子の心を乱そうとしたのか。この表情の意味はいまだ不明。

冒頭にも述べたが、今回の放送は謎の解明に関して、ほとんど進展は無かった。
しかし、4組の夫婦の仲は確実に崩壊の方向に向かっている。

そこで初回の結婚式における理佐子の4人に対する「私は勝ったわ」というセリフに戻りたい。
理佐子は、今回の一連の騒動で4人の結婚生活を壊すことを、勝つと表現したのかもしれない。
そうすると、あの結婚式の晩に、理佐子がバーでナンパゲームを仕掛けたことも別の意味を帯びてくる。4人のアバンチュールの危険と甘さを味合わせようとしたという事になるからだ。

さて、4人は、現状の夫婦生活よりも、かけがえのない友情と、人生における新しいステージ、見せ掛けではない本当の愛をつかむのであろうか。
最終回の最終的な映像としては4人が幸せそうに並んで歩くシーンが思い浮かぶが、はたしてそうなるのか。
残り2回。まだまだ、予断を許さない。

まさむね

アラフォーの応援歌 『Love ~Winter Song~』(福原美穂)

TBS日曜劇場「スキャンダル」の主題歌、福原美穂の『Love ~Winter Song~』が素晴らしい。

ここ最近、青山テルマやEXILE等、どちらかといえばモノローグ的(ささやき系)の楽曲がヒットチャートの上位を占めていたが、久々に開放的なキャラクタの登場だ。

そういえば、数ヶ月前に「特ダネ」で小倉智昭さんが絶賛していたのを思い出す。
小倉さん曰く、とにかく格段の歌唱力で、ロサンゼルスの黒人教会で彼女がゴスペルを披露したとき、参列していた信者達が号泣したというエピソードがあるという。
日本人はとかく、本場におけるそういった伝説に弱いのだが、福原美穂の歌は、そういったギミック(売らんがための仕掛け)が不要なほど、魅力的に思える。

その歌詞のポジティブさは特筆ものだ。

世界中にありったけの花束と喜びを
あなたに出会えたこと 大事な宝物だよ
この手の中 溢れている小さな笑顔や涙
あなたの瞳(め)に映る未来を 祈っているよ

先週、「29歳のクリスマス」の再放送をしていたが、その主題歌『恋人達のクリスマス』は福原美穂が最初のテレビオーディションで披露したというが、思えば、1994年に放送されたこの山口智子、松下由樹のトレンディドラマの登場人物の世代がちょうど、今、いわゆるアラフォー世代と呼ばれている人たちだ。
おそらく、彼女達の明るさ、溌剌さは今年の流行語大賞に選ばれるほど、現代日本では突出した存在なのではないだろうか。

ちょうど、男女雇用機会均等法が施行された頃に就職した彼女達は、最も仕事(そして自分の人生)に対して、前向な世代と言われてきた。
彼女達は、今の20代の女の子達よりも、結婚後のキャリア継続願望、あるいは、自己実現願望が強いのだ。

この『Love ~Winter Song~』、「Around40〜注文の多いオンナたち〜」の主題歌『幸せのものさし』(竹内まりや)、そして『恋人達のクリスマス』も加えた3曲は、そんな彼女達の応援歌としてこれから年末・年始にかけて、カラオケ屋を賑わせてほしいものである。

まさむね

「イノセントラブ」では結局、誰が死ぬのだろうか

「イノセントラブ」が急展開を見せている。

植物人間だった聖花(内田有紀)が奇跡的に起き上がったのだ。
しかも、彼女が好きだったは婚約者で、彼女が植物人間だった間、献身的に看病していた殉也(北川悠仁)ではなく、殉也の親友・昴(成宮寛貴)だったことが、殉也にも明らかになってしまう。

それによって、殉也は、二人が結婚する直前に聖花が自殺(その後遺症で植物人間になる)した意味も知ってしまうのだ。
殉也は泣き崩れる。
我々凡人には、自分がこんなにも聖花を愛して、尽くしてきたのに、彼女の心が殉也になかったことから来る悔し涙と思ってしまうのだが、そこは、イノセントラブ(無垢な愛)というだけあって、彼女が自殺までして好きでもない自分と結婚しようとしたことへの申し訳なさから来る涙、あるいは、その結果として植物人間になってしまった彼女への不幸を想う涙だったのである。

この涙のリアリティに関しては、もうそれほど純情ではなくなってしまった僕には推し量りがたいところがあるが、他の視聴者はどのように思ってみているのだろうか。
第一、元々、殉也が聖花を好きになったのは、いわゆる一目惚れである。
それがここまでの純愛として一途に進行するというのは、ドラマというよりは、おとぎ話として見るべきなのだろうか。

僕には、殉也の性格があまりにも紋切り型に過ぎるように思えてならないのだ。ようするに、殉也は、”純粋に聖花を愛する人”っていうキャラそのものであるため、悪く言えば、ロボットのように見えてしまうのだ。

さらに、殉也の佳音(堀北真希)への態度もロボット的なところがある。
聖花が起き上がり、殉也が喜び、その狭間で自分の居場所を無くしつつあると感じて、家を出た佳音を殉也が「君が必要なんだ」と引き止めるのだが、その際、佳音の気持ちは全く配慮されていない。
若干の悪意を込めて言うならば、殉也の佳音への行動は、「都合のいい住み込みのお手伝いさんが居なくなっては困る」から引き止めたという風に取られてもしかたがないのではないか。しかし、そんな殉也の”優しさ”をあっさりと受け入れる佳音。それはそれで別のロボットか?

さて、この純愛ドラマの顛末予想であるが、恐らく、恋の巴関係・殉也>聖花>昴、(昴は男として殉也に好意を抱いている)そして佳音、そして兄の耀司(福士誠治)の誰かが、純愛相手のために命を落とすという展開が最もオーソドックスのような気がする。

まずは、一番可能性がありそうなのは、耀司が佳音をかばって(のために)死して禁断の兄弟愛を貫くという事。これもひとつのイノセントラブである。別の視点からすると、彼が死んでも、その他の人間関係は壊れないため、制作的に「殺しやすい」立場ではある。
あるいは、浅野妙子が脚本を手がけた前作「ラストフレンズ」とのアナロジーで言えば、聖花が殉也(あるいは昴)の子供を残しながら、何らかの犠牲になって死に、残った子供を殉也と佳音、昴が育てるっていうのが収まりがいいかもしれない。
また、犠牲死ということがキーになって来るとするならば、ひとつ気になるのが、殉也という名前。”殉”というのは、まさしくその事を意味しているから、もしかしたら彼が...

でも、この結末予想は現時点ではストーリーの流れを無視した全く根拠のない想像なんだけどね。

まさむね

「29歳のクリスマス」と「ラストフレンズ」の埋め難い時代差

「29歳のクリスマス」(以下「29X」と略す)の再放送を見ていると、今年の春に放映された「ラストフレンズ」(以下「LF」と略す)とどうしても比較してしまう。

男女(3人以上)が一つ屋根の下に暮らす青春群像ドラマである点、木曜日22:00~といういわゆる大人のドラマ枠での放送という共通点はあるものの、2つのドラマには、どうしようもない時間の隔たりがあるような気がする。
その隔たりは14年間。
その間、平成の大不況、金融ビックバン、構造改革等いろいろな事があった。
多くの人の生活実感として、時代は閉塞感を増している。あらゆる意味で、将来に対する希望がなくなってきているのだ。

おそらく、それらの社会状況の変化がこの2つのドラマの間に横たわっているのではないか。

2つのドラマを比べてみると、登場人物の元気さがまるで違う。
「29X」における典子(山口智子)、彩(松下由樹)、賢(柳葉敏郎)はお互い同士、思いやるが、それは、互いに世話を焼きあうという積極的な振る舞いで表現する。
だから、すぐに喧嘩になる。自分の価値観を相手に押し付けようとして、そして反省して、の繰り返しなのだ。

一方、「LF」における岸本瑠可(上野樹里)、藍田美知留(長澤まさみ)、水島タケル(瑛太)がお互いを思う気持ちは「29X」には劣らない。
ただ、彼女らは極めて大人しいのだ。
ある意味、老成しているといっていいかもしれない。
そして、「LF」の3人は、お互いの領域に踏み込む事はしない。あくまでも、相手にとって、好ましいキャラになろうとする。
それが現代の優しさの倫理なのであろう。
最終的に、3人は、お互いのトラウマを癒しあう関係になるのだ。

これは、いわゆる時代の閉塞感という事と大いに関係があると思う。バブルと地続きの90年代前半、「29X」の時代、彼女達はまだ、努力すれば社会的に上昇出来るという価値観の中にいる。
しかし、一方、「LF」では、そういった社会に対する、あるいは、努力に対する信頼感が感じられない。だからこそ、彼女達は手に職をつけて生きていこうとするのだ。

また、「29X」の登場人物達はいつも、目の前の世界に対して戦いを挑んでいるのに対して、「LF」では、いつまでも過去のトラウマ、自分の宿命との戦いがメインとなっている。
例えば、「29X」では、典子は、仕事上の挫折や恋愛等の外の世界と戦うが、「LF」の瑠可は、性同一性障害に悩み抜く。
彼女の戦う相手は、自分の中にあるのだ。
ACとか性的虐待とか、性同一性障害などという極めて限定的だと思われていた症例が、社会の前面に出てきて、人々にリアリティのある言葉として認知されてきた現代、とそれ以前の時代。
大げさに言えば、「29X」と「LF」の間には、そういった時代の段差を感じさせるのである。

また、2つのドラマに横たわる幸福観の違いにも目を惹かれる。
「29X」では、幸福=結婚という価値が素朴にも信じられている。
典子が彩に叫ぶ。「どうして私だけ幸せになっちゃいけないの?!」
ここで言う幸せとは、恋愛=結婚のラインに乗る事なのだ。

ところが、「LF」では、結婚は全く大きなテーマではない。
シェアハウスでにおいて、脇役として存在していた滝川エリ(水川あさみ)と小倉友彦(山崎樹範)が結婚はするのだが、それはあくまでもサブの扱い。
そういう生き方もありますよ的な扱いにすぎないのだ。

こんなに異なった世界の2つのドラマではあるが、面白い事に、最後の結末が奇妙な一致を見せる。
両方とも、みんなで育児をすることによって、新しい関係を築こうとするのだ。
もちろん、「29X」ではそうなる過程で、さんざん罵倒、葛藤、喧嘩があるのに対して、「LF」では微笑み一つで物事が進んでいく。
確かにその違いはある。
ただ、2つのドラマの最後に提示される新しい生き方が近いという事に、もしかしたら、時代が変っているように見えるのは表面的なことで、実は女の情(子供に対する愛情)というものは根本的には変らないという事を見るべきなのかもしれない。

また、ちょうど本日、今年の流行語大賞を獲得した「アラフォー」というもう一つのドラマでも、最後に、森村奈央(大塚寧々)の子供を、 緒方聡子(天海祐希)と竹内瑞恵(松下由樹)が可愛がるというシーンが出てくるが、それも「29X」と「LF」と同様に、子供をみんなで育むことこそ時代の閉塞感を打破することに繋がるということなのであろうか。

まさむね

第7話 急展開の「スキャンダル」を読み解く

TBS日曜劇場「スキャンダル」が急展開している。

新藤たまき(桃井かおり)の夫の哲夫(石原良純)が、理佐子(戸田菜穂)をホテルで匿っていたのだ。
しかも、結婚式から3日の間は、新藤家に理佐子が居たという。

ということは、駿介はそこには居なかったということだ。
しかし、この事は、たまきのトラウマになっているらしく、勝沼刑事(小日向文世)が駿介の部屋に踏み込もうとすると、たまきは異常に拒む。

ここで、一つ引っかかるのは、前回放送時、たまきは勝沼に、息子の事を相談しようとしていた事だ。
勝沼には、奥さんに逃げられたという過去がある。だからこそ、たまきは勝沼に共感するものがあったということなのか。

という事は、たまきも同様にかつて、夫に逃げられている、しかも息子も道連れにして逃げられているのではないのだろうか。
しかし、夫はともかく、息子に去られたたまきはその事を心の中で整理しきれず、部屋から出てこない息子という虚構を自分の中で作り上げて、固執していたのではないか。

その後、たまきと結婚した哲夫は、結婚生活においても、たまきの精神状態をそのまま受け入れるしかなかったが、それは相当ストレスになっていた。
その哲夫のストレスが、今回の理佐子を匿うという行為とどのように結びつくのはは現時点では不明である。

もしも、理佐子と哲夫の二人の間に男女の関係があるとするならば、理佐子が結婚式でみんなに言った「私は勝ったわ」というセリフは、ほぼ、説得力を持つ。
貴子(鈴木京香)の夫の秀典(沢村一樹)、真由子(吹石一恵)の夫の賢治(遠藤憲一)とは理佐子は付き合っていた事が判明しているが、ひとみ(長谷川京子)の夫・雄一(光石研)に関しては、少なくとも上司の金沢が付き合っており、その金沢が雄一にこう言った「八年前の一件は元々君が画策したんだ。 いいか、私と君は同罪だ。忘れてはいけないよ」。
ようするに、なんらかの秘密を共有をさせられているのだ。(もしかしたら乱交パーティ的な性的行動もあったか?)

そこで、一つ考えられるのは、久木田慶介(加藤虎ノ介)が起した8年前の傷害事件に関してだ。
この事件は、雄一が画策し、なんらかの挑発をして久木田に事件を起させたという事が考えられる。
そして、それをネタに、金沢&雄一が久木田から金を巻き上げようとしたのではないかという事も想像できる。(財務官僚は金が無いという雄一のたびかさなるつぶやきが気になる)
その時、哲夫が弁護士として、賢治が医者として、その事件にかかわっているのではないかというのはまだ未確認だがありえる話だ。
弁護士が示談をまとめ、示談を有利にすすめるために、医者が偽りの診断書を書いたというのが2人の役割だ。

そして、もう一つが、結婚式当日の夜にあのラブホで金沢と理佐子の間になにがあったのか、そして、その後始末に誰がどう動いているのかという点だ。
番組HPによるとたまきの家の駿介の部屋に理佐子の指紋と血痕のついたナイフが見つかるという。
という事はあの晩、ラブホで理佐子は金沢を刺し、その後始末を哲夫に依頼。哲夫は理佐子を自分の家に連れてきて、駿介の部屋に置くということではないだろうか。

では、何故、あの晩、ラブホで刃傷沙汰が起こったのか。
理佐子が金沢に別れを迫ったが、そのための手切金が用意できなくて、話が紛糾して、思わず刺して逃げてしまったのではないか。
おそらく、理佐子が賢治や秀典に借金を無心していたのは、そのための手切れ金の工面だったのではなかと思うのだ。

さて、ここでまだ判然としない伏線を整理してみよう。
★理佐子の携帯電話を久木田が持っていた事(これは、少なくとも結婚式の前の時点では理佐子と久木田はグルになって、金沢を陥れようとしていたが、ただ、あの晩の顛末によって、理佐子は久木田の前からも姿を消した?)。
★久木田が貴子にモーションを掛けつづける理由(これは、最終的には久木田が貴子から、金を引き出そうとしているとの推理が出来る。と同時に、久木田は、実は国際ピアニストではない。別人なのを偽っている可能性がある)。
★理佐子が久木田の前から逃げなければならない理由(理佐子は金沢と別れるという前提で久木田と結婚するが、その約束が果たせなくて失踪か?あるいは、逃げているように見せている狂言か?)
★結婚式の晩、金沢と一緒にラブホに入るときの理佐子が貴子を見る表情(敢えて、貴子にその姿を見せつけようとしているような表情にも見えなくはない)

まだまだ、未整理のスキャンダルではあるが、残り数回、ますます楽しみだ。

まさむね

14年前の「29歳のクリスマス」再放送の評価は?

「29歳のクリスマス」(以下、「29X」と略す)の再放送が始まった。

最近は、再放送と言えば、リアルタイムで放送しているドラマの番宣的位置づけで、主役の前作(例えば「セレブと貧乏太郎」番宣のための「暴れん坊ママ」再放送など)を流すというのがオーソドックスパターンなんだけど、いきなり、14年前のこの作品が時を越えて登場したのだ。
このドラマを見ていると、いろんなところに、14年の間の社会の変化を感じる。

僕は、「29X」に特徴的なキャラクタ、価値観を以下の10点にまとめてみた。

1)友達同士、すぐに会う。
これは、携帯電話まだ普及してないっていう技術的要因が大きいんだけど、お互い何かといえば、すぐに会う。仲がいいのだ。
そして、会っては、飯を食い、酒を飲み、大騒ぎする。

2)基本的に真面目
「29X」の彼・彼女達は、生き方に関して真面目である。
自分が決めた生き方に関して、頑張ろうとするプライドと意志と行動力を持っている。

3)女性の化粧が大きく変った。
基本的に、14年前の化粧はケバい。っていうか、色っぽい。とにかく、女を前面に出している化粧なのだ。

4)女性が男社会と闘っている。
男女雇用機会均等法が改正され、雇用差別が撤廃されたのが、1985年。
それから、男社会に徐々に進出しはじめた女性達が、個々の現場で奮闘する姿がドラマ主題の一つとなる。
「29X」でもまさに、これが一つのテーマ。
レストランの店長をさせられる典子(山口智子)、テレビカメラマンの彩(松下由樹)、彼女達は闘う女としての一面を色濃く持っている。

5)男女それぞれが異性を見る目が野生的。
図式的に結婚に関して言えば、70年代にお見合いのシステムが崩れ、80年代に職場結婚(総合職男子と一般職女子の結婚)が崩れ、そして、80年代末~90年代にかけて、いわゆる野生的婚活時代になるのである。
今から見ると、みんなギラギラしていた。

6)恋愛と結婚が近い
大前提として、付き合うって事は、最終的には結婚する可能性をどこかに抱きながらの行為なのだ。

7)結婚における家の存在感がある
これは、「29X」だけの話かもしれないが、結婚というのが、まだ二人だけの関係というところまでは行っていない。
それはお互いの家と家との結婚という面がまだ残っているのだ。

8)結婚相手の条件として三高が残っている
三高(高学歴、高収入、高身長)の男が価値の有る存在として描かれている。
「29X」では、木佐裕之(仲村トオル)が、それに当てはまっている。

9)30歳というのが大きな意味を持つ
このドラマでは、典子(山口智子)の有名なセリフがある。「30歳の誕生日には 最高に幸福になってやる 絶対に!」。
そのために、逆算して、29歳のクリスマスには男をゲットしなければならないのだ。

10)お互い干渉しまくる
「29X」では、お互いの恋愛、結婚、生活、仕事に関して、お互い干渉し合って、エキサイトしてくると罵り合ったりもする。
「29X」は、「ラストフレンズ」同様に、男女のルームシェアが行われるが、お互いの関係性は全く違い。
「ラストフレンズ」では、一緒に住みながら、お互いの価値観を押し付けあおうとしないのだ。

おそらく、上記のような価値を持つ人は現在でも多く存在していると思う。
ただ、そういった価値観を持つ人が相対的に少なくなったのである。

どちらかと言えば、現代では、上記のような価値観は上流指向的発想と言われるものに属する。
15年前位では、これがいわゆるメジャーな考えだと思われて、しかも当たり前とも思われていた。だから、そうでない状況の人々も、ある種、憧れとして認知して、見ていたのではないか。

ところが、現代は、上記価値観に関して、それはそれとして、残存しながらもっと多様な価値観がどんどん出てきた。
オタク派、手に職派、ヤンママ派、キャリアウーマン派、環境派等が混在していて、それぞれがあまり交流を持たないような状況になってきているため、ドラマとして、一つの物語に収める事が難しくなってしまったのかもしれない。

そういえば、最近は普通の人々を主人公にした普通の恋愛ドラマが全くなくなってしまった。
物語の要素として、必ず、過去のトラウマ、不治の病、特殊な職業、特別な事件、サスペンス的要素などが無いと、現代では、ドラマとして、成立出来なくなってきているのだ。

さらに、29歳というか、30歳位の年齢の人たちが主役になるドラマっていうのも無くなって来てると思う。

「イノセントラブ」「流星の絆」「ラストフレンズ」のように、いわゆる恋愛物と言われるドラマですら、主役達は、20代前半である。
これは、恐らく、ドラマのメインターゲットである女子高校生達が、30歳位の女性を自分の延長的存在として見られなくなってきている事、せいぜい、25歳くらいまでのドラマにしか共感できなくなってきている事がまずある。
さらに、同時に30歳位の女性も、気持ち的には20代前半でいる(無意識的に強引にいようとする)ため、彼女達が共感出来る年齢が下方に伸びて、20代前半になっているからだ。

かくして、恋愛、結婚、仕事、友情という”みんなが共有する”大テーマを扱うTVドラマが死滅してしまったわけであるが、今回の「29X」の再放送は、現代人にどう評価されるのか。
今回の再放送は、最近打つ手がなくなってきている感のある、テレビ局にとっても一つの市場調査的意味合いがあるのかもしれない。

まさむね

第6話までの「スキャンダル」を読み解く

TBS日曜劇場「スキャンダル」。前回までの放送で、張りまくった伏線の回収が行われると思いきや、まだまだ新しい謎が出てくるエキサイティングな展開である。
これは、TVドラマとしては新しい挑戦のような気もするが、数字的にはジリジリ落ちているのが気になる。
話が複雑になりすぎると、脱落者も増えるし、新入視聴者に対する壁が高くなって、再浮上が難しいからね。

それはともかく、現時点で、このドラマを解いていってみよう。

数ある伏線の中で、最も気になる伏線が、初回放送で花嫁の理佐子(戸田菜穂)が、結婚式の招待客である貴子(鈴木京香)、ひとみ(長谷川京子)、真由子(吹石一恵)、たまき(桃井かおり)の4人を前にして言った「私は勝ったわ」というセリフである。

一体、花嫁はどういった場合に、このような言葉を吐けるのか。

勿論、花嫁が、それらの来客とあまり仲が良くないという大前提もあるだろう。
親友にはそんな事言わないものだからね。
しかし、一般的には、その前提プラス、以下の3つのシチュエーションのうちのどれかが加わる事によって、そのセリフが出てくると思われる。

1)4人の夫よりも、自分の結婚相手の方が格上であることが明らかな場合。
2)4人の夫と過去に付き合っていた事がある場合。
3)4人の夫が、現在でも理佐子に頭が上がらないなんらかの弱みを握られている場合。

まず1)であるが、確かに、国際的ピアニストの妻というステータスは、弁護士、医者、財務官僚、大手代理店社員と比べて遜色無いようにも思えるが、決定的とは言い切れない。

また、2)に関してであるが、少なくとも貴子の夫の秀典(沢村一樹)とはそういった関係にあった。それによって、現在、二人の関係は最悪に冷え切っている。

そして、真由子の夫の賢治(遠藤憲一)も、確かに過去にはつきあっていたと思われる。
しかし、それは真由子も承知済みだ。なぜなら、真由子は理佐子から雄一を奪っているからだ

また、ひとみの夫・雄一(光石研)は、以前、理佐子が働いていた高級クラブに、ひとみに連れて来られ、それ以降、その高級クラブを見知るようになり、その後、上司の金沢(春田純一)にこの店を紹介した。
結局、理佐子は、金沢の愛人となるのだが、可能性として、雄一は、上司の金沢と理佐子が付き合う前に、客とホステスとの関係、あるいはその先の関係を持っていた可能性も捨てきれないのだ。

そして、最後、たまきの夫・哲夫(石原良純)と理佐子との男女関係だが、これは、まだはっきりしていない。

さて、3)に行く前に、ここで、登場人物を関連付ける過去の事件に関しても触れておきたい。

理佐子は、8年前にある、高級クラブで働いていたが、その時、そこでピアニストをしていた久木田慶介(加藤虎ノ介)が、客だった金沢に対して傷害事件を起していたのだ。
そして、その現場には、雄一もいた。さらに、その事件を示談に持ち込む時に依頼された弁護士が、哲夫だったのだ。

それを踏まえて、3)に関してである。

まず貴子の夫・秀典だが、男女関係に関しては締りが無いところがある。いまだに理佐子に会えば、思わず優しくしてしまいがちな性格なのだ。
後日、行方不明中の理佐子(疲れている)が高柳家をフラフラと訪問するが、これは、理佐子ではなく、秀典を頼って来てしまったではないか。
いや、逆に秀典に金を無心に来たのかもしれない。ただし、秀典が応じるには、なんらかの弱みを理佐子に握られている可能性が高いが、それが何なのかは、わからない。

そして、真由子の夫の賢治(遠藤憲一)と理佐子の関係についてだが、先ほどは過去の関係について書いたのだが、現時点でも二人の関係は続いている可能性がある。
まずは、賢治の携帯履歴には、理佐子からの電話が沢山ある事、しかもそれは真由子に見られているのだ。
さらに、理佐子は結婚式の一ヶ月前に賢治に借金を依頼していた。
しかも、賢治は、二人の関係を、理佐子にバラされたくないという引け目がるあったためか、一旦は借金依頼を断ったにもかかわらず、理佐子が失踪した原因が断った事にあるのではと心配し、久木田に500万円の小切手を強引に渡しに行っているのである。

また、ドラマ公式HPによると来週放送のあらすじでは、「様子のおかしい哲夫を尾行したたまきは、あるホテルに夫が入ったのを知り確認を取ろうとした」とある。
ということは、そのホテルに理佐子がいる可能性がある。しかし、理佐子疾走事件に哲夫が絡んでいるという確証は現時点ではない。
あくまでも推測の範囲での話であるが、哲夫のキャラ、弁護士能力からして、哲夫が8年前の事件の示談の弁護士をした際になんらかの下手を打ち、久木田のための示談金を用意した理佐子になんらかの引け目がある可能性があるだけだ。

さらに、雄一だが、彼は財務官僚だから、上司の失態は必ず隠さなければならない。その雄一の立場こそが、理佐子に対する弱みになる可能性があるのだ。

上記を勘案すると、現時点での推理にはなるが、それぞれの結婚相手に対して...

★秀典と賢治は、過去だけではなく、現在も理佐子と付き合っている。
★雄一は、理佐子と過去に付き合っていた事に加え、その事を上司に伝えてない弱みを理佐子に握られている。
★そして哲夫は、過去の事件の処理での不手際から、理佐子に弱みを握られている。

という関係があるのではないだろうか。そして、それを持ってして、理佐子は、4人に対して「私は勝ったわ」と言ったのではないかと思うのだ。

しかし、それでも、まだまだ回収されていない伏線がある。代表的なものとして、以下のものが思いつく。

◆理佐子の携帯電話は久木田が所持していた事。(これは、久木田と理佐子がグルであることを示唆。)
◆久木田がなかなかアメリカに行かず、度々、貴子と会おうとする事。(久木田が実は国際ピアニストではない、また、貴子の気を引こうとしている事を示唆。)
◆理佐子が賢治に結婚式の前に借金を申し込んでいる事(これは何のために必要な借金だったのか?)
◆結婚式の夜に理佐子と一緒にラブホに入った金沢が後日、杖をついていた事。(これはその夜に、ラブホで何らかのトラブルがあった事を示唆。)
◆かおりと哲夫の息子・駿介がまだ部屋から出てきていない事。(来週放送の哲夫が入っていくというホテルに、引篭り息子・駿介が居て、駿介の部屋には理佐子が...という事も考えらなくもない。)
◆夜の町で、理佐子が、秀典に向かって吐いた「女なら誰でもこうなる可能性があるわ!」というセリフ(浮気をした妻達は、最終的に夫と別れなければならないという事を示唆。)
◆たまきが勝沼刑事(小日向文世)に息子について相談しようとしている事。(たまきと勝沼との新たな関係を示唆。)

今後、展開としてどうなっていくのか、はなはだ未知数ではあるが、僕には、最終回の最後のシーンとしては、貴子、真由子、たまき、ひとみの4人だけで楽しそうに街を歩いているというセックス&シティ的な映像が思い浮かぶ。
そして、おそらく、それはそれぞれ、秀典の浮気癖、賢治の束縛、哲夫の不甲斐なさ、雄一の世間体、から解放された(って事は離婚した)姿が最もよく似合うシーンでもある。

しかし、逆から見れば、それは4人の夫の解放でもある。そのあたりが今後の展開の鍵を握っているのかも。

まさむね

なんかいつものクドカンとは違う「流星の絆」

クドカン脚本のドラマはこれまでことごとく視聴率ではずすが、逆に放送終了後に評価が上がるという傾向があった。
「IWGP」しかり、「木更津キャッツアイ」しかり、「タイガー&ドラゴン」しかりである。

しかし、今回の「流星の絆」は、嵐の二宮和也、NEWSの錦戸亮(ネット上ではNSKD)という今をときめくジャニ系の2人に加えて、戸田恵梨香も出演ということもあってか、高視聴率を維持しているようだ。
これはどうした事だろうか。
それが逆に、今までのクドカンの楽しみ方とは別の方向での高視聴率であったとしたなら、ファンとしてはちょっと複雑な心境である。
最初に上げた3作品に特に顕著なのだが、クドカン作品は、毎回、小さな話が起こり、解決していくのと同時に大きなストーリーが最終回に向けて進行するというパターンだ。

しかし、今回の「流星の絆」はその小さな話が無い。
そういう意味で、「流星の絆」はスッキリしていて、わかりやすい、そこが、一般視聴者には、受けているのかもしれない。

尤も、古くからのクドカンファンには、「流星の絆」は、どこか物足りなく感じられるのも事実なようだ。
この、小さな話と大きな話の二重構造が、今までのクドカン作品をわかりにくくしていたのかもしれないが、その構造が物語というよりも、その世界の豊潤さを生んでいたとも言えるのだから。
ちなみに、この豊潤なわかりにくさは、恐らく、90年代前半の下北沢あたりでの小劇場ブームの流れを汲むセンスであることを付け加えておきたい。
「大人計画」「ナイロン100℃」「遊園地再生事業団」等、大雑把に言えば、そういったキラ星のごとき劇団の匂いを現代のTVドラマに引き継いでいるのがクドカンなのである。

また、さらに言えば、今回は、クドカン独特の小ネタも少なめなような気がする。
前回の放送では、レンタルのつもりでエッチDVDを借りていた刑事が、買取だった事に気付いたり、新装開店準備中のレストランで、柱が重要だった事に気付いたりストーリーの全体とは関係ない小ネタがあったが、全体的に大人しいというのが僕の印象だ。

現実はドラマよりも明らかに複雑である。第一、現実にはストーリーが無いし、脚本もない。
現実で生きている人々は、それぞれの思惑や気まぐれで動き、さらにそれとは別に意味不明な事件が起きたり、消えたりしていく。
そんなあたり前のリアリティを21世紀のドラマに持ち込んだのがクドカンである。
その彼が今回は大人しいのだ。

しかし、その大人しさが、原作者の大物・東野圭吾や、ジャニ系タレント達への遠慮、また数字を取りに行くための節度だったり、あるいは、クドカン自身の衰えから来る面倒くささだったりしていないだろうね。
そうでない事を祈るばかりだ。

まさむね