源日本人

グレイシー一家の商品価値はとどまるところを知らず、一説によれば、一試合のギャラが全日本の小橋健太のギャラ以上だとか。
かつて、高田がヒクソンと試合をして完璧に負けた時、私はフジモリ大統領と橋本首相の気概の違いをパラレルなものとしてみた。
今でも、アメリカ大陸には戦前-戦後に帰化した「源日本人」達がいて、我々日本列島に留まりつづける日本人との気質の差を見せてくれる。それはまるで、ガラパゴス諸島で進化が止まった動植物を見るような物なのだが、逆に新鮮でかつなつかしい。グレイシーのロマンは、かつて講道館を追われた前田光世が、かの地ブラジルで宿した格闘技の種が、流行に流されずに脈々と純化を進めていて、それが日本に復讐するというストーリーだ。
我々、「現日本人」は「源日本人」に復讐されているのだ。馬場亡き後、「源日本人」の風格を保っているレスラーといえば、天龍「源」一郎だが、その天龍こそ、今一番輝いている。

まさむね

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