岡村とお茶の水

僕のポン友のS君は早稲田大学の広報部勤務だが、彼の話によると、現場での岡村は終始、試験中もうつ伏せで寝ていた(寝たふりをしていた)そうで、現場としての面白味は全く無かったようだ。
一方、お茶の水博士のほうは、休み時間中も外部と携帯で連絡を取り、「入っちゃえばこっちのもんッスよ。」などとうそぶいていたところ、そのS君に注意されるなど、現場では、他の受験生の顰蹙を買いまくり、逆に言えば、面白かったそうだ。
そう考えていくとライブ的センスでは、お茶の水に軍配があがったような気もする。勿論、番組やタレントとしての格も考慮に入れなければならないのだが、あるいは、結果としての番組の面白さという基準で物事を考えなければならないという話も一理あるのだが、僕はその2人にプロレスを通過したものとそうではないものという区別を嗅ぎ取りたいのであった。
例えば、昨年、全日本プロレスの武道館大会にやってきた岡村は格闘技映画のパブリシティかなんかだったと思うけど、ラッシャー木村とのマイクのやりとりを披露したが、完全に木村に負け、「木村さん、あなたは面白い。」と終いには露骨に負けを認め、観客にも媚びるしまつだった。そこに岡村のプロレス童貞としての側面を見たのだ。

まさむね

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